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December 29, 2015

年末のテレビ番組で見たある出産シーン。付き添う何組かの夫婦あるいは家族の表情を追った内容だ。
ハンディを持つ赤ちゃんを産んだある母親のひと言が胸を打った。嬰児を抱いて彼女は言った。
「楽をすることが幸せじゃないと思う。自分の体から生まれたこの子と一緒にしっかり歩んでいきたい」
若干表現のずれがあるかもしれないが、そういった趣旨の言葉だったと思う。

人間は誰しも祝福されてこの世に生れ出ると信じたい。
命が、生命が、生まれた瞬間の
母の大きな喜び、父の安堵感、家族の祝福感。

自分はなぜあの母のこの言葉に胸が震えたのか?
忘れていた、とても大事なこと。我の存在の根源を突き刺したからだろう。

今日日の日本には、五体に大きな障害があっても、大人になって健常人よりもずっとずっと積極的に明るく活躍している人もいる。今私はそんな人物の母に想いを馳せる。そして、
ハンディキャップ児と共に母の強い使命感をもち日を重ねているすべての母にエールを送りたい。

来年は猿年。猿が賢さを増し、人間がより愚かになったりしないよう、命ある限り精一杯生きるべく、自分に鞭をいれよう。


suitengu.jpg
Suitengu shrine now approaching completion
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【2015/12/29 12:36】 | 未分類
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December 18, 2015

A sudden piece of sad news captured my mind. The newspaper’s obituary column reported the passing of an old acquaintance or sensei from whom I learnt songwriting at one time in my youth. A very long time had passed since I left him.

He was very rigorous in writing but so tender in his usual activities.

Lots of unforgettable pleasant company, several precious memories, and a few bitter moments.

Now the news, the death of Okamoto Osami is disclosed to the public in a relatively expanded column in a major newspaper.

Some words of a song will not only stay in one’s mind, but will bring critical perspective to people’s thinking and feelings.

I still remember, among many memories, a phrase from ‘Erimo Misaki’ or Cape Erimo; Erimo no haru ha nanimo-nai haru desu, or nothing there in Spring in Erimo.

For a long time after I, who at that time was young, first heard the song and phrase, I could neither realize the meaning nor feel anything in it agreeable to my taste.

In later days my heart was captured by the real meaning of Mr. Okamoto’s lyrics.

It weighs even now in my brain.

He was a man of uncompromising attitude, dandyish style, and tenderness.

I think I will have no opportunity to offer incense sticks, because the newspaper gives no details on a schedule or venue. It’s easy for me to guess that he would not have wanted it.

Okamoto sensei, please allow me to express my condolences now to you here.

You will live forever in my mind.

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流れる雲が、心に残る

【2015/12/18 13:20】 | 未分類
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December 15, 2015

師走の深夜、人もまばらな通りに提灯の灯が燈(とも)った。
町のメインストリート沿いを、それらランタンの連なりが2.5メートルほどの高さで2ブロックにわたって設(しつら)えられている。
温かみのあるオレンジ色が、常ならぬ「年末」という世界を醸し出し、見る者の心を一瞬にして昔の時間に引き込んでしまう。
同じ光景をこれまでに何度も観たはずだが、引き込まれるような懐かしさを覚えるのは、眺める自分の感性が変わったからなのか? 
ふと安らかさを感じるのは、体の奥に潜んでいた幼いころの記憶があるいは過去の身近な人々の温かさのメモリーが反応しているからか?
慌ただしい日々の営みの中に埋没していた穏やかな時代の雰囲気が、年の瀬の提灯飾りによって呼び起された。
そんな感傷を抱いて地下鉄の階段を下りながら、同時にもう今年も終わってしまうとの焦燥感も首をもたげる。急がねばならぬことばかりだと・・・。

提灯は来年の正月明けまで人形町通りを飾るはずだ。

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A line of lit paper lanterns

【2015/12/15 23:13】 | 未分類
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